2013年5月20日月曜日

「文化的ガラパゴス」のススメ

2011年から、小学校高学年で英語教育が必修になりまして、2000年生まれの長男がちょうどそれに引っかかったんですね。
まぁ、小学校の英語なんて「歌手や政治家がカッコつけて使ってる単語」から「実は日本語と同じで、外国の人が使ってるちゃんとした言語なんだぜ」的なところにイメージチェンジする程度のものではありますが、国際化社会に対応するには、最もユーザーが多い言語ということで、早めに習っておいて有利にはならないまでも不利にはならないだろうという感じです。

とはいえ、曲がりなりにも日本語を扱って暮らしている職業としては、これでいいの?と思わずにはいられないこともあるわけで。
つまり、人は考えるときその言語に頼って思考するわけです。日本人なら、普通は日本語で考えているはずです。
日本人らしい考え方は、日本語でないとできない、これはある意味正しいと思います。
例えば、「僕は、今日、小学校の友達の、江田島くんと、学校の帰りに、四丁目の公園で、去年同じクラスだった篠山くんと、その弟と一緒に、水鉄砲で遊んでる最中、急に朝お母さんに、今日は放課後病院に行くから早く帰って来なさい、と言われていたことを思い出したので、慌てて帰りました。」みたいなことが、日本語ではできる。
しかし、英語では「I had got home quickly,because...」みたいに、とりあえず文章を閉じて、閉じて、短くしていく考え方をする。

これは、非常に効率がいい考え方であると思います。
…が、別に日本人である私たちが、日本国内で日本人と相手をするときに英語のような考え方をしなきゃいけないことはないわけです。
その「独特な」思考方法こそが、日本が文化的に独立しているところではないか、そうは思えないでしょうか。
日本が世界に通用する方法は、グローバル化を進めるのではなく、むしろ独自性を強める方向に舵を取るべきじゃないだろうか。
外に出る時も、中に入ってくる人も苦労をする、そんな日本を期待します。